【ブサイクエピソード】ブサイクは損です。

私は、普通にブサイクですが、やはり、そのことで損しているな、と思う時があります。

大人になった今では、お化粧もして、生き様やセンスなども、顔つきや雰囲気に多少は出てくるようになったため、ある程度カモフラージュできるのですが、子供の頃は、ストレートにブサイクそのものだったためか、容姿がらみではあまり良い思い出はありません。
まず、親にかわいがられない。

母親は、見た目の良い弟ばかり可愛がっていました。幼稚園の頃の自分の写真を見ると、うさぎちゃんの様に目のぱっちりとした、愛くるしい同級生の横にいる、見るからに馬鹿そうなバカズラをしたブサイクな私が写っており、自分自身でもこれが自分の子供だったら、愛せないと思いました。

そして、そのまま成長し小学校高学年になった時のこと。クラスで発声から練習を重ね、合唱コンクールに出場する事になりました。

体育館の壇上では、男女2列に並ぶため、身長の低い私は前の列でした、しかし、出場が近づいてきた本番練習の際に、指揮をとっていた先生が、「ちょっと,○○さんの方が、背が低いんじゃない?ちょっとかわってみて。」と、前後を入れ替えて様子を見ていましたが、その後元に戻すことなく、そのまま練習は続けられるようになりました。

私と入れ替わった子は、学年でも特にきれいな子だったため、いつもはとても厳しくストイックな先生でも、見た目を気にするのだなあ、と当時は少し驚きを感じたのを憶えています。

コンクールを終え、出場写真を後で強制的に注文しなければならない際、私髪の毛しか写ってないんだけど、と苦々しかったです。
お笑いの文化が浸透している現在では、笑い飛ばすことができますが、当時はどうにもバツが悪くなんともせつない限りでした。

今となっては、ブサイクな記念写真を1枚でも減らせて良かったと思っています。
まだ写真が現像だった時代は、しょうもない写真を大切に長く保管していたりしますので…。

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